斜面の上  詩:n uma 曲:n uma

今日は何かな、と お腹すかせ見やる
対岸の景色は せわしない星空
ラジオで耳にした 流行歌を鼻で
右足を踏み込む 未だ斜面の上

急がば回れだと 慣れぬ土手に入り
流れに付き添えど 向こう岸渡れず
これもいいもんだ わざと暗示かける
されど舌打ちする 未だ斜面の上

左が河だから 利き手で握る手は
なによりもやらかく なによりももろくて
いずれなれるだろか この娘にも理想にも
なれなくてもいいか 未だ斜面の上

まだそこにいるかな ケンカしたあいつは
ささいが山となり 気付けば叩き合い
このまま日落ちれば 飯も不味かろうに
「ごめん」の一言も 未だ斜面の上

どれだけ進んだか 永いこの旅路よ
険しくもあったが 肌寒くもあった
水の流れのよに 命の無垢にまかせ
戯れ問うてみる 未だ斜面の上
未だ斜面の上



2010年6月1日完成。
おいらの現在の亀戸の住居の近くには「土手」があります。おいらはあんまし土手というものを身近に感じたことはなく(そもそもそういう土地に住んだことがなかった)、いざ住んでみると「いいもんだなぁ」と思います。で、どこがいいのかというと、土手に来る人ってすごく「無防備」な感じがするじゃないですか。「帰宅時の学生」だったり「部屋着で散歩している人」だったり。「公園」には「着飾っていくイメエジ」があるけど「土手」にはそういった「着飾り」のイメエジがなくて。ある意味「無防備」だなぁと。
おいらはよく休みの日に土手のベンチとかに座って寝たりぼけーっと人や河の流れを見たりするんだけど、その景色がすごくよくて。いろんな人の「人生の断片」が見えてきます。ケンカでもしたのか嗚咽しながら歩く少年や、良い事でもあったのか(はたまたオイラが滑稽にうつったのか)笑うのをこらえて自転車を漕ぐ女子高生。まだ「ホヤホヤ感」満載のカップルや、老夫婦の散歩。勝手に想像してしまって申し訳ないんだけど、そういう「無防備だからこそ垣間見える人生の瞬間」を「土手」という空間で「共有」できている気がして。
そういう「土手」の「瞬間」をことばにしてみました。「左が河だから 利き手で握る手は」ってところがすごく気に入っているフレーズです。我ながら「うまいこと言うなぁ」って思います。気持ち悪いですね。